寺内タケシ (てらうち たけし)

リードギター担当。

1938年1月17日、 茨城県土浦市に生まれる。

幼い頃から、三味線を弾き始め、5歳の頃、母親の弟子になり必死に練習する。

そんなとき、兄の所有していたクラシックギターにも興味を持ち弾き始め、

血の滲むような練習量でギターをマスターし、ギターはボリュームの大きさが大事だということに気づく。

そんな寺内少年は、自作で電気ギターをつくってしまった。

このエピソードは後にビートルズの自伝で世界初のエレキギターをつくった男として紹介されることになった。

高校、大学とギターの練習を重ね、ホンシュウ・カウボーイというバンドに加入。

その後、ミッキー・カーチスやいかりや長介などと出会い、ジミー時田などが在籍したマウンテンプレイボーイズに加入した後、1962年にブルージーンズを結成する。

ブルージーンズには加瀬邦彦や内田裕也なども在籍し、一気にスターダムへと駆け上がった。

1965年、ザ・ベンチャーズとアストロノウツが来日し、ブルージーンズ、スパイダースを含めた4バンドで対バンを行った。

これがきっかけで「エレキブーム」に火が付き、寺内タケシの名は瞬く間、日本中に広がっていった。

海外にも名前が知れ渡るようになり、エド・サリヴァン・ショーの出演依頼や、

レス・ポール、チェット・アトキンス、とともに世界三大ギタリストに選ばれるなど、

ギタリストして地位と名誉はすべて手に入れたなか、1966年、過労により倒れ、更にはブルージーンズ脱退など数々の出来事に苛まれる。

しかし、寺内タケシとバニーズを結成。同時にグループサウンズブームが訪れる。

なかでも「レッツゴー運命」は音楽業界に革命を起こした。

数々の金字塔を打ち立て、インスト曲では異例の「レコード大賞編曲賞」も受賞。

後にディープパープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアが「ハイウェイスター」は

「運命」をオマージュして出来上がった曲だと告白するなど、海外のアーティストにも多大なる影響を与えた。

この功績により、「エレキは不良の音楽」という風潮も消えていき、

寺内は後に、ブルージーンズ復帰後、ハイスクールコンサートという活動をはじめた。

自費で全国の高校に演奏しにいき、これは2017年まで続いた寺内の音楽人生でも象徴的な音楽活動のひとつであった。

グループサウンズの衰退により、寺内はバニーズを1969年に脱退。

そして、同時に「寺内タケシとブルージーンズ」が復活。

グループサウンズ時代のミュージシャンは魅せることを重視しすぎて、実力不足であると嘆いていた寺内は

その現状を打破するため、ブルージーンズの復活を決意した。

グループサウンズの数々のバンドから実力者たちが寺内を慕い、集まる。

そうして結成された新生ブルージーンズは、ニューミュージックやムード歌謡などが流行っていた日本の音楽界に対し、

エレキシーンで唯一、孤軍奮闘します。

民謡、クラシック、歌謡曲、様々な音楽を「寺内節」で表現し続け、

数十年もの間、トップシーンで活躍します。

1976年には旧ソ連在住の白血病の8歳の少女に生演奏を聴かせるため、3千万円の赤字を覚悟でソ連ツアーを決行。

当時、反日感情が高まっていたせいか、会場も緊迫した雰囲気に包まれていたが、寺内はこう語りはじめた。

「私達は、一人の白血病の少女を見舞うため、ここにやって来た。私達は、日本人の代表として、友好を求めるためにやって来た。私達は、みんなを信じ平和を信じます」と。

そして、寺内がステージからVサインを送り出すと、1万8千人の観客は一斉に立ち上がり歓声をあげVサインを掲げたのです。警備の軍隊も、寺内を追い回していたマスコミの記者たちも立ち上がりVサインを掲げました。

この時、音楽は国境を超え一つ音楽には国境はなく、音楽には言葉の違う人々にも感動を与える事ができるということを体現してみせた。

52日間のツアーが続けられ、42万人の観客を集めた。後に1981年(45日間、観客130万人)、1984年(43日間、観客57万人)にもソ連ツアーを行っている。

この功績が認められ1981年12月22日には日本国際連合協会から感謝状と国連平和賞、84年には文化功労賞と音楽功労賞をそれぞれ授与された。

なお、この年にはブラジル、アルゼンチンでもツアーを行っている。

1985年につくば万博では、グランドプロデューサーに就任し、指揮を執った。

その後も、大腸癌や心不全、肺炎を患うなど、数々の困難を乗り超えながらも、寺内タケシとブルージーンズとしての活動を続け、

2000年には文部大臣より感謝状を、2004年には文化庁より長官表彰を授与された。

1980年代には現メンバーの楠本雅祥や信田和雄が加入し、1990年代には松森英雄、2001年には中村真也も加入。

80歳を超えた2020年現在も現役でステージに立ち続けている生きる伝説「エレキの神様」

https://ja.wikipedia.org/wiki/寺内タケシ